社会基盤は結局何を学ぶのか

大学での学びは高校の時点ではほとんどわからないであろう.さらに言えば,大学1年生の時点でも専門分野が何を勉強して,将来どういう仕事につくのかについてはほとんど触れられないであろう.申し訳ないが,大学教授が紹介する専門分野の社会的な位置は,教授たちが当時学生であったときに少し就活したくらいの情報しか得ていない.つまりこのアップデートと混乱の激しい社会の実情を網羅していない.

今回は学部で私が学んできた社会基盤とはどういう勉強ができて,将来にどうかかわるのかを紹介しようと思う

社会基盤=土木の認識でOK

1990年代から2000年代にかけて,それまで不動産バブルで建築・土木を合わせた建設業界は活況だった.とくに名前を気にせずとも大学の学部学科には多くの学生が集まった.しかしながら,1990年代のバブル崩壊とIT業界の隆盛によって,建設業界,とりわけ3K(汚い,きつい,危険)といわれる「土木」という単語を学科名にするのは学生の心証がわるいだろうということで「社会基盤」「インフラ」という単語を学科名,プログラム名にあてた.これが土木と社会基盤の違いって何?という話につながるが,ほとんど同じである.

社会基盤では3力学+材料,環境,計画分野を学ぶ

3力学とは,構造力学,土質力学,流体力学(水理学)のこと

土木のメインとなる科目であり分野は3力が挙げられる.各分野の詳細なことはWikipediaや教科書などを見てほしい.ここでは社会と勉強分野がどうかかわっているのかを伝えたいと思う.社会基盤領域全体のパワーバランスもやはり3力分野が強い.とくに会社で言えば稼ぎ柱になるからである.やはり稼いでいる部門が権力を持ちがちなのは,言うまでもない.将来土木職で働くつもりであり,会社の中で有利な部門に行きたい場合は3力分野にいくことをお勧めする.あくまでパワーバランスの上であるが.

構造力学 橋が持つかどうか

構造力学は,その橋が持つのか,持たないのかを物理的に検証していく分野である.最近ではヨーロッパで悲惨な事故が起こっているのだが,たまに橋が崩落したというニュースを聞いたことがあるだろう.

写真,記事:BBC NEWS 2018年08月15日 「イタリアの橋崩落、死者少なくとも37人に 犠牲者には子どもも」

最近起こった橋梁の崩落事故は,2018年7月のイタリアのモランディ橋崩落事故である.この橋は全長1㎞という長大な橋梁の1セクションが崩落した.たしかに一見すると一本の橋のように見えるが,実は長い橋はセクションと呼ばれる大きなパーツごとが連結して1本の橋となっている.また向かって右側と左側で橋梁の形状が異なるため,荷重計算もそれぞれ別個になる.

各セクションごとに通過する自動車や鉄道などの移動荷重,自重の死荷重に耐えられるかどうかというのを理解するために構造力学がある.橋の種類によって計算や支点の扱い方が異なるため,高校物理の力学による主にモーメントのつり合い式,重量のつり合い式と橋梁の知識を組み合わせた内容になる.

地盤工学 日本の多様な地盤に合わせた整備の模索

写真:金城重機株式会社「小規模建築物における地盤補強の設計」

土質力学も構造力学に近い力学の分野が続くのであるが,こちらも高校物理の力学と土壌や地盤整備に関する知識の組み合わせた分野になる.また近年の機械技術向上による土壌整備方法も単語として覚えさせられることもあるだろう.

流体力学・水理学 激甚災害でも川の安全を守る

写真 俺の夢「河川の基礎知識:河川工事の種類と管理について」

流体力学は高校物理では基本的に扱わない分野であるため,非常に難解である.確かに基本知識は力学であるのだが,密度が重要な指標となる.つまり比重である.それは浮くのか浮かないのか.流体の一部を箱としたとき,その箱の体積,密度はどういう式で表すのかというのが問われる.そもそも考えたことがないものを考えるのは物理を最初に理解するときのようなつらさがあるであろう.物理が苦手なものはきちんと勉強しておくことをおすすめする.

海岸工学 戦争から端を発した,貿易に不可欠なインフラを支える

また水理学から派生して海岸工学というのもある.護岸建設のために潮位やうずといった要素を組み合わせた学問になる.もとは第二次世界大戦でフランスのノルマンディー上陸作戦で,大規模の軍隊をどう陸にあげるかを研究し始めたのが興りである.港や防波堤の設計には海水の流れや津波の計算が重要になる.

ここで紹介するか迷ったが,気を付けたいのが単位と数値計算である.

高校物理では理想条件下での力学的実験を論証するため,具体的な数値計算はほとんどなかったが,土木をはじめとした建設現場では実際にいくらの荷重がかかるのか,使用する土をトラックで運搬するには何台分必要なのかなどが重要となる.このあたりは業界の要請がかなり学問にも影響を与えていることがうかがえる

材料学 主にコンクリートの性質でインフラ構造物を下支え

コンクリートはインフラ構造物において非常に重要なものである.なぜならば地球上のほとんどの地域で手に入りやすい砂利,砂,水が主な原料であることだ.

大概の場合,インフラ構造物は巨大か整備区間が長い.現在建設整備が進められているリニアモーターカーの走る区間はほとんどがトンネルであり,多くの材料はコンクリートからできている.東京から名古屋,大阪まで通すというのであるから,これは非常に大量な材料が必要となる.そのため,現地や近場での生産が可能であるコンクリートが選ばれるのである.実際にはこれらに加えて少量の薬品などがあれば十分である.

講義ではおもに無鉄筋コンクリートと鉄筋コンクリートの違いや腐食の進行過程を学ぶであろう.鉄筋コンクリートでは,強度計算が複雑になる.鉄筋とコンクリートのどっちが先に壊れるかなどを計算して小さいほうを全体の強度とするというイメージだ.

建築分野とのちがいは,材料分野では,コンクリートに加えて木材について学ぶかどうかくらいである.

環境学 水処理や環境保全で自然との調和を図る

環境はかなり取り扱う範囲は広くなる.私たちの生活ではかなり汚染物を処理せず流してしまうと,大気,河川,海水,土壌のあらゆる自然領域を汚染することになる.環境分野では

汚染物そのものの処理
大気,河川など流す先への影響を小さくための検討
ごみや廃棄物の処理場建設の的確な立地確保
長期的な影響評価

などが研究対象となり,それぞれにまつわる勉強がある.例えば煙突から出た排気ガスの分散過程を計算したり,下水処理にまつわる法律や施設の処理過程名を学んだりする.

計画学 「社会の流れ」を見える化する

計画学というのは他分野からすると何をしているかわかりづらいとよく言われる.たしかにほかの分野が扱わないこと全般を扱っているような気もする.

基本的には,まちにインフラを「最適に」整備することを目的とした学問である.具体的には経済学,数理統計学,社会統計学などの既存学問と土木分野で積み重ねられてきた総合的な知見の組み合わせになる.

こう書くととても壮大に思われるかもしれないが,まちづくりの中でもっとも稼げず,予算圧縮されやすい部分でもある.そもそもこの計画分野というのは行政の公共政策を立案する際に最も関わる.つまり考えたり,シュミレーションをすることが主であり,何かを建てたり,作ったりすることからは無縁の分野である.それゆえ調査や予測に関する費用のほとんどが人件費である.税金の拠出が厳しいご時世であると予算圧縮されやすいのがこの分野の特徴でもある.

とはいえ,すべての計画立案の根幹であり,これが頓珍漢な見立てだと,いわゆる誰にも使われない「ハコモノ」と呼ばれる公共政策の失敗につながる.税金の無駄遣いせず,「効果」が最大化するような計画をつくりましょうというのが研究と勉強の目的である.

話は紹介に戻るが,「ロードサイドショップ」や「コンパクトシティ」という単語は聞いたことがあるだろうか.小中の社会科目でも取り上げられるような内容であるが,これらは都市計画で立案された結果による産物である.

都市という生き物が無秩序に広がると下水や電柱の維持管理に莫大なコストがかかるが,その大部分は税金から拠出される.シムシティやまちづくり系のゲームをしたことがある人は察しが早いが,一見大したことではなさそうだが,自治体の財政を圧迫するものをどう長期的に対応するかというのが計画分野の対象である.

勉強に話を戻すと,

まちづくりに関わる資本のはなし(経済学)
点(インフラ)をどう配置したらメリットが最大になるか(最適化,数理統計学)
一般市民へのアンケート調査方法や分析方法(社会統計学)
コンパクトシティ,LRT,MaaSなど街のかたち,乗り物,サービスに関するトピック

を勉強していく.

日本で行われる大規模な開発というのはほとんど終わっている.現在では高速道路や国道整備に関わるくらいであり,鉄道の建設は先述したリニアモーターカーくらいである.

特に最後のサービスに関する学びは,研究室ではよく行われている.最近の交通や街に関するサービスをプレゼンにして,学生間で紹介し合うゼミがあったほどだ.ここ数十年で教科書で書ききれないほどのアップデートがあるのも計画分野での性質である.社会の実情や市民の感覚,これから流行るかもしれないサービスや仕組みを自ら察知して勉強していく姿勢が求められる.

そのため計画分野の研究トピックというのは,

Uberのような法律ぎりぎりアウトのサービスを日本で導入するべきか否か
アンケート調査から得られた記述回答をどう自然言語処理するか
国の統計から物流状況を把握する

といった直接政策にはつながらないが,政策を検討するために必要な情報の整備や精度向上,仮想状況での思考実験などが中心となっている.

いわゆる都市計画の研究は

自動車のデータから交通流をシュミレーションする
路線バスの再編成とコミュニティバス(小型のバス)の路線再設計

あたりだろうか.こうしたトピックは急激に人口が増減する地域を対象にすることが多い.

そのほか測量学,各分野の実験科目がある

測量分野は一般の工学部土木学科,社会基盤学科で研究室は少なくなっているが,地図を作る根幹の仕組みを知るうえで重要な学問である.現在はGoogle Mapや国土地理院に代表される地図により,できることが格段に増えたが,測量は伊能忠敬から始まる現場でものを測る基本となる.人工衛星の写真は最新の状況を表すことができないため,今でも現場では必要な技術である.

勉強では三角測量,誤差伝搬式などが有名だろうか.誤差を〇mm以内にするには1回の測定でどれほどを許容とするかの問題が問われる.

これは理学部物理学科で勉強する「誤差論」に近い.実験の数値がこれだけばらけているが,おしなべて数値を出すとすればいくかなどである.

実験では,構造物の破壊試験,水路を使った

まとめ 社会基盤分野は幅広い

ここまで紹介しただけの勉強科目がほぼそのまま研究室ごとあるような状況だ.研究室配属以降の勉強は基本その分野の勉強に特化して行われるため,他分野の勉強はほとんどしなくなる.

3年生までは幅広く全般に勉強できる.一口にインフラといってもさまざまな視点があるため,3年生までにどの分野にするべきか考えておくいいだろう.

次回は社会基盤領域の経済的将来性や進路について紹介する予定である.

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